Claudeを開発するAnthropicのIPO資料から、目を引く数字が出てきました。2025年の売上高は45.9億ドル。前年の約3.86億ドルから、ほぼ12倍です。
一方で、営業損失は80.6億ドル、純損失は419.7億ドル。さらに、今後約10年のクラウド・計算資源・インフラ契約は少なくとも5,180億ドルに達します。
これだけを見ると、「AIは売上が伸びても、それ以上にお金を燃やす事業なのではないか」と感じます。
419.7億ドルという純損失の大部分は、本業の現金流出ではなく、過去の資金調達に関係する約340億ドルの会計上の費用です。したがって、本業を見るには営業損失80.6億ドルの方が重要です。
ただし、だから安心という話でもありません。Anthropicが今後支払う計算資源・インフラ契約は少なくとも5,180億ドルで、その約80%は利用しなくても支払いが必要とされています。
今回のIPOで本当に見るべきなのは、「2025年にいくら赤字だったか」より、先に確保した巨大な計算能力を、将来どれだけ売上と利益へ変えられるかです。
まず、2025年の数字をそのまま並べる
Anthropicは2026年6月1日、SECへForm S-1のドラフトを非公開提出したと発表しました。詳細な財務資料は一般公開されていませんが、Reutersが確認した目論見書によると、2025年の売上は45.9億ドル、営業損失は80.6億ドル、純損失は419.7億ドルでした。
Anthropicの成長と赤字を同時に見る
売上は約12倍。ただし営業赤字も拡大した
| 指標 | 2024年 | 2025年 |
|---|---|---|
| 売上高 | 約3.86億ドル | 45.9億ドル |
| 営業損失 | 29.8億ドル | 80.6億ドル |
| 計算資源費/売上1ドル | 6.53ドル | 1.60ドル |
ここで面白いのは、赤字が拡大している一方で、1ドルの売上を作るために必要な計算資源費は6.53ドルから1.60ドルへ急低下したことです。
2024年は、売れば売るほど計算コストに押しつぶされるような構造でした。2025年はまだ1ドルを上回っていますが、単位経済性は大きく改善しています。
Reuters Breakingviewsは、2025年の粗利益率に相当する数字が約40%まで改善したと試算しています。つまり「AIを1回使わせるたびに必ず赤字」という段階からは、かなり前進しています。
「419.7億ドルの赤字」を、そのまま本業の赤字と考えてはいけない
今回もっとも誤解しやすいのが、純損失419.7億ドルです。
Reutersによると、この中には約340億ドルの会計上の費用が含まれています。これは、過去の資金調達で使われた、将来Anthropic株へ転換される可能性がある金融商品の評価額が上昇したことなどによるものです。
「420億ドル赤字」をどう読むか
純損失と本業の損失は同じ数字ではない
| 数字 | 2025年 | 何を意味するか |
|---|---|---|
| 純損失 | 419.7億ドル | 会計上の評価損なども含む最終損益 |
| うち主な会計費用 | 約340億ドル | 金融商品の評価額上昇など。事業運営で同額の現金を使ったわけではない |
| 営業損失 | 80.6億ドル | 本業の収益性を見るとき、こちらの方が実態に近い |
したがって、「Anthropicは2025年に420億ドルの現金を燃やした」という理解は正確ではありません。
とはいえ、営業損失80.6億ドルも十分に大きい数字です。2025年の計算・インフラ費は73.3億ドルで、総営業費用126.5億ドルの半分超を占めました。
問題は、「赤字があること」そのものより、売上の成長に対して計算コストがどれだけ遅く増えるようになるかです。ここが改善し続ければ、規模の拡大が利益につながる可能性があります。
2026年には、すでに収益性の景色が変わり始めている
2025年の年間数字だけを見ると、Anthropicは「急成長しているが巨額赤字の会社」です。しかし2026年には、さらに状況が動いています。
Reuters Breakingviewsは5月、Anthropicが2026年第1四半期に約48億ドルを売り上げ、第2四半期には約109億ドルを見込んでいると報じました。同時に、第2四半期には5.59億ドルの調整後営業利益を見込んでいました。
さらに9月には、Financial Timesの報道を引用する形でReutersが、Anthropicが2四半期連続の調整後営業黒字を投資家へ説明していると報じています。
ただし、「調整後」です。Reuters Breakingviewsによると、この指標はモデル訓練費を含む一方、株式報酬を除いています。2025年のGAAPベース営業損失と、そのまま横に並べられる数字ではありません。
それでも、2025年の損益だけを見て「この会社は構造的に利益が出ない」と決めつけるのも早いことが分かります。
Reuters Breakingviews:2026年5月の収益見通し / Reuters:2四半期連続の調整後営業黒字見通し
本当に大きい数字は「420億ドル」ではなく「5,180億ドル」
今回の資料で、私は純損失よりこちらの方を重く見ます。
5,180億ドル。
Anthropicは今後約10年にわたり、6社とのAIインフラ契約で少なくとも5,180億ドルを支払う見込みです。そしてReutersによると、その約80%は解約できないか、実際の利用量にかかわらず支払い義務がある契約です。
長期契約の「固定部分」だけで約4,137億ドル
需要が伸びなくても、簡単には減らせない支払い
| 相手 | 最低支払額等 | 契約の特徴 |
|---|---|---|
| 1,111億ドル | 利用額が最低額に届かなければ差額を支払う | |
| Amazon | 1,100億ドル | Googleと同様に最低利用額の支払い義務 |
| Microsoft | 314億ドル | 原則として解約不能 |
| Broadcom関連 | 1,612億ドル | 設備リース義務。大部分が解約不能 |
| 上記4社合計 | 4,137億ドル | 5,180億ドル全体の約80%に相当 |
ここがAnthropicの最大の賭けです。
会社側の論理は明確です。将来AIの需要が増えたとき、不足するのは顧客ではなくGPU・電力・データセンターなどの計算能力だ。だから需要が来てから確保するのでは遅い。先に長期契約で押さえておく。
需要が予想どおり伸びれば、この戦略は強力です。計算能力を確保できない競合を横目に、AnthropicはClaudeの利用を伸ばせます。
逆に、需要が鈍化したり、推論コストが急低下したり、より安いモデルへ顧客が移った場合は、使わない計算資源の代金を払い続けることになります。
売上は変動しやすいのに、コストは固定されつつある
もう一つ重要なのが、売上側とコスト側の「柔軟性の差」です。
Reutersによると、2025年売上の83%は利用量に応じて課金されるメーター制でした。また、売上の約4分の1を上位2社の顧客が占めています。大口顧客の多くは長期契約で完全に固定されておらず、支出を減らしたり止めたりできるとAnthropic自身がリスク要因として説明しています。
つまり、かなり単純化するとこうです。
顧客側:利用を減らしやすい
↓
Anthropicの売上:比較的変動しやすい
一方で
Google・Amazon・Microsoft・Broadcomへの支払い:長期・固定的
↓
Anthropicのコスト:急には減らしにくい
需要が想定を下回ったとき、売上は先に減るのに、計算資源コストが残る可能性があります。
これはSaaS企業とはかなり違います。通常のソフトウェアは、利用者が増えても限界費用が比較的小さいため、高い利益率を作りやすい。
最先端AIでは、推論にも訓練にも巨大な物理インフラが必要です。Anthropicは「ソフトウェア会社」であると同時に、大量の計算能力を長期で仕入れ、それをAIサービスとして再販売する会社になりつつあります。
それでも、5,180億ドルだけを見て悲観するのも早い
この契約額は巨額ですが、契約期間は7〜10年です。しかもAnthropicの売上自体が急速に拡大しています。
2025年の売上は45.9億ドルでしたが、2026年前半だけで約160億ドル規模に達したとReuters Breakingviewsは紹介しています。2025年の年間売上だけと5,180億ドルを直接比べ、「100年分の売上だ」といった見方をするのも適切ではありません。
重要なのは、売上の成長速度と、計算資源の利用効率がこの先も改善するかです。
IPO後に追いたい4つの数字
「赤字か黒字か」だけでは事業の変化を捉えにくい
| 見る数字 | なぜ重要か |
|---|---|
| 売上成長率 | 固定的な計算資源契約を吸収できるほど需要が伸びるか |
| 計算資源費/売上 | 6.53ドル→1.60ドルの改善がさらに続くか |
| 営業利益率 | 「調整後」だけでなく、株式報酬などを含む会計ベースでも黒字化できるか |
| 顧客集中度 | 上位顧客の利用減が全社売上へ与える影響が薄まるか |
結論:Anthropicは「AI需要」に5,180億ドルを賭けている
Anthropicの2025年は、確かに異常な数字です。
売上45.9億ドル。営業損失80.6億ドル。純損失419.7億ドル。
ただし、純損失の大部分には約340億ドルの会計上の費用が含まれています。420億ドルという見出しだけで、本業の現金消費を判断するのは適切ではありません。
同時に、2025年には売上1ドルあたりの計算資源費が6.53ドルから1.60ドルへ急低下し、2026年には調整後営業利益が黒字化し始めています。
それでも安心できない理由が、5,180億ドルの長期インフラ契約です。
Anthropicは、AI需要が今後も大きく伸び、「需要不足」ではなく「計算能力不足」が成長の制約になると考えています。その前提で、何年も先の計算能力を大量に確保しました。
この予想が当たれば、2025年の赤字は急成長の途中に発生した先行投資だったことになります。
外れれば、解約できない巨大な計算資源契約が固定費として残ります。
「Anthropicは赤字企業なのか」ではありません。
「5,180億ドル分の計算資源を、それ以上の価値を持つAI売上へ変換できるのか」
IPO後のAnthropicを見るうえでは、この問いが中心になります。
主な出典:Reuters:IPO目論見書の財務内容 / Reuters:5,180億ドルのインフラ契約 / Reuters Breakingviews:単位経済性 / Anthropic:S-1非公開提出の公式発表
※AnthropicのS-1は非公開提出で、記事執筆時点では詳細な目論見書は一般公開されていません。本記事の財務数値は、目論見書を確認したReutersの報道に基づきます。調整後営業利益などはGAAPベースの営業利益と直接比較できない点に注意してください。本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。