株式と債券を組み合わせれば、どちらかが下がってももう一方が支えてくれる。長期投資では、とても基本的な考え方です。

ところが、インフレが市場の中心テーマになると、この関係が崩れることがあります。株式は利益率や景気への不安で売られ、債券は金利上昇で価格が下がる。「株と債券を持っているから分散できている」と思っていたのに、両方が同時に下がるという問題です。

この記事の要点
AQRは1972〜2026年の55年間を使い、インフレの「水準」ではなく予想外のインフレ変化に各資産がどう反応したかを検証しました。米国60/40はインフレニュースに弱く、コモディティやトレンドフォローは異なる感応度を示しました。

ただし、これは「60/40をやめてコモディティを買えばよい」という研究ではありません。AQRの最適化例にはレバレッジやモデル前提が含まれます。個人投資家が得るべき示唆は、自分のポートフォリオが何のショックに弱いのかを確認することです。

なぜ今、この研究を読む意味があるのか

米国では2026年8月のCPIが前年比3.4%、食品とエネルギーを除くコアCPIが2.4%でした。総合CPIは前月比0.4%上昇し、ガソリン価格の上昇がその3分の1超を占めました。 U.S. Bureau of Labor Statistics

一方で、フィラデルフィア連銀の2026年第3四半期Survey of Professional Forecastersでは、2026〜2035年の平均CPI予想は2.30%です。短期のインフレは高めでも、専門家の長期期待まで大きく崩れているわけではありません。 Federal Reserve Bank of Philadelphia

Fedは9月16日に政策金利の誘導目標を0.25ポイント引き上げ、3.75〜4.00%としました。声明ではインフレが依然として高いことを理由に挙げています。 Federal Reserve

2026年9月時点のインフレ環境

短期の物価上昇と長期インフレ期待は分けて見る

指標最新値意味
米CPI・前年比3.4%足元の総合物価は2%を上回る
米コアCPI・前年比2.4%エネルギーを除く物価は総合より低い
専門家の10年平均CPI予想2.30%長期期待はまだ比較的安定
Fed政策金利3.75〜4.00%インフレ抑制のため再利上げ
出典:BLS、Federal Reserve Bank of Philadelphia、Federal Reserve。CPIは2026年8月、政策金利は9月16日決定。

AQRが調べたのは「インフレ率が高いと何が上がるか」ではない

AQRの2026年9月のレポート「Inflation Redux?」は、1972年から2026年6月までの55年間を分析しています。ここで重要なのは、単純に「CPIが高い年にどの資産が上がったか」を比べていない点です。

市場価格には、その時点で予想されているインフレがすでに織り込まれています。そこでAQRは、前年からのインフレ変化と、1年前の予想に対する実績のズレを組み合わせて、インフレニュース=予想外のインフレ変化を測っています。さらに成長率のニュースも同時に入れ、景気の強弱とインフレの影響をできるだけ分けています。 AQR, Inflation Redux?

この考え方は実務的です。投資家が困るのは「インフレ率が3%だったこと」そのものより、3%になると思っていなかったのに3%になったときだからです。

55年データでは、株も債券もインフレショックに弱かった

AQRのExhibit 4では、米国60/40を米国株60%+米国債40%として定義しています。そして広範な株式市場、多くの株式セクター、債券を含む多くの投資ポートフォリオが、成長率上振れには強い一方、インフレ上振れには弱い領域へ集まっていました。

これは、株と債券がいつでも正反対に動くわけではないことを意味します。

株と債券の相関が変わる理由
景気ニュースが中心の局面では、景気悪化で株が下がる一方、安全資産需要や利下げ期待で債券が上がりやすくなります。
インフレニュースが中心の局面では、インフレ上振れで金利が上がり、株の評価倍率と債券価格の両方に下押し圧力がかかります。
つまり、「株+債券」の分散効果は一定ではなく、何のショックが市場を動かしているかで変わります。

では、何がインフレに違う反応をしたのか

AQRの長期分析で目立ったのは、コモディティとトレンドフォローです。コモディティはインフレニュースに正の感応度を示し、トレンドフォローも株や債券とは異なるマクロ感応度を持ちました。

トレンドフォローとは、株・債券・為替・商品など複数市場で、上昇傾向の資産を買い、下落傾向の資産を売る方向へポジションを変える運用です。特定の資産を永久に持つのではなく、値動きの方向に応じてロングとショートを切り替えます。

AQRは、2022年のインフレショックだけでなく、世界金融危機のようなディスインフレ型の危機でもトレンドフォローが異なる働きをした点を重視しています。これは「インフレになると予想して商品を買う」という一方向の賭けとは性質が違います。

最も目を引く数字は「2022年の損失 -15.2% → -8.9%」

AQRは、グローバル株60%・グローバル投資適格債40%を出発点に、インフレ連動債、コモディティ、トレンドフォローを加える最適化例を示しています。

その「robust optimized portfolio」は、AQRの前提上、出発点の60/40とほぼ同程度のリスクを保ちながら、インフレ感応度を大きく下げました。

AQRのモデル上、インフレ耐性はどう変わったか

Starting PortfolioとRobust Optimized Portfolio。AQR Exhibit 11。

指標60/40Robust
期待複利リターン6.1%6.8%
期待ボラティリティ9.8%9.2%
2022年インフレショック-15.2%-8.9%
インフレ感応度-0.23-0.02
すべてAQRのモデル・前提に基づく値で、将来の実現リターンではありません。Robust portfolioにはインフレ連動債、コモディティ、トレンドフォローと15%までのレバレッジ利用が含まれます。 出典:AQR, Exhibit 11

2022年1月〜9月のインフレショックで、出発点の60/40はモデル上-15.2%、Robust portfolioは-8.9%でした。インフレ感応度も-0.23から-0.02へ近づいています。

ただし、ここを「この配分をそのまま真似すればよい」と読むのは危険です。AQRの最適化には、将来リターンの仮定、相関の推定、最大5%の相対劣後制約、過去の危機時損失制約、さらに15%までのレバレッジが含まれます。これは個人投資家向けの完成レシピではなく、インフレリスクを別の資産で分散すると何が変わるかを見るケーススタディです。

TIPSなら、それだけでインフレ対策になるのか

「インフレ対策ならTIPS(米物価連動国債)で十分では」と考えたくなります。しかし、ここでも少し注意が必要です。

TIPSは元本が米CPIに連動する仕組みを持ちますが、市場価格は実質金利の変化にも動かされます。インフレが上がっても実質金利が大きく上昇すれば、TIPSファンドの価格が下落することがあります。

AQRも、名目債からインフレ連動債へ移すことはインフレ感応度を改善する一方、コモディティやトレンドフォローを組み合わせることで、より異なるショックへの分散を検討しています。

つまり「CPIに連動している」という契約上の特徴と、「市場でインフレショックが起きたとき価格が必ず上がる」という話は別です。

コモディティにも弱点がある

コモディティは、原油や天然ガス、金属、農産物など実物価格に近いため、インフレショックに強い局面があります。しかし、インフレが落ち着き、景気後退が中心になると逆に弱くなり得ます。

また、商品指数はエネルギー比率が高くなりやすく、指数の設計によって結果が変わります。AQR自身も、コモディティ投資ではセクター構成、リスク管理、アクティブ運用が実装上の重要点だとしています。

「インフレに強い」という1つの特徴だけで、長期ポートフォリオの大きな割合を決めるのは危険です。

研究結果より先に「自分の問い」を決める

この研究を個人投資家の意思決定へ移すとき、最初に考えるべきなのは「AQRの最適配分は何%か」ではありません。

先に確認したいのは、次の3つです。

  1. 自分のポートフォリオは株式と名目債券にどれだけ集中しているか。
  2. 守りたいのは短期のCPI上振れなのか、長期の実質購買力なのか。
  3. 新しい資産を追加した結果、複雑さ・コスト・追随誤差に耐えられるか。

とくに3つ目は重要です。インフレヘッジが数年間役に立たない時期に、「やっぱり不要だった」と売却してしまうなら、理論上の分散効果を実際には受け取れません。

優れたポートフォリオは、バックテスト上の最大効率だけでなく、投資家が悪い時期にも維持できることが必要です。

「60/40は終わった」と結論づける研究ではない

AQRの研究から、60/40が無意味だと結論づけることはできません。株と債券は依然として、長期投資の主要なリターン源泉と分散手段です。

問題は、60/40がすべてのマクロショックに強いわけではないことです。成長ショックでは債券が株を助けやすくても、インフレショックでは両方が同時に傷むことがあります。

言い換えると、60/40の弱点は「株60・債券40という数字」そのものではありません。異なる2資産を持っていても、同じマクロ要因に弱ければ、本当の意味では十分に分散されていないことがあるという点です。

今後、何を見ればいいのか

2026年の米国では、短期のインフレ上振れと、比較的安定した長期期待が同時に存在しています。したがって「インフレ再燃が確定した」と決めつける段階でも、「もう終わった」と無視する段階でもありません。

  • 総合CPIとコアCPI:エネルギーだけか、広い物価上昇か。
  • 長期インフレ期待:専門家や市場の期待が2%台にとどまるか。
  • Fedの政策反応:一時的な上振れか、追加引き締めが必要な持続的圧力か。
  • 株と債券の相関:成長ニュースよりインフレニュースが市場を支配しているか。
結論
AQRの55年データが示しているのは、「60/40は失敗した」という単純な話ではありません。

株と債券は、景気悪化には違う反応をしやすい一方、予想外のインフレ上昇には同じ方向へ傷むことがある。その弱点を埋める候補として、インフレ連動債、コモディティ、トレンドフォローなどが研究されています。

ただし、モデル上の最適配分をそのままコピーするのではなく、何のリスクを減らしたいのか、そのために増えるコストと複雑さを受け入れられるのかを先に考えることが重要です。

※本記事はAQR等の公開研究を解説するもので、特定の金融商品・運用戦略の購入を推奨するものではありません。AQRの最適化結果は仮定に基づくモデル値であり、将来の成果を保証しません。トレンドフォロー、コモディティ、レバレッジ等には固有の損失リスク、コスト、実装上の制約があります。