OpenAIが9月29日にサンフランシスコで開催するDevDayに、ソフトウェア投資家の視線が集まっています。
注目されているのは、新しいAIモデルだけではありません。
AIが質問に答えるだけでなく、営業、顧客対応、経理、社内手続きなどを自分で進める「AIエージェント」が、さらに強化される可能性があるからです。
OpenAIがDevDayを9月29日に開催すること自体は公式に発表されています。ただし、そこでどの新製品が発表されるかは現時点では確定していません。
それでも市場が神経質になる理由はあります。
OpenAIはすでに9月10日、長時間動くAIエージェントをクラウド上で構築・実行できる「Agents API」を公開しました。ファイルを扱い、コードを実行し、複数のサブエージェントを連携させる仕組みまでOpenAI側が提供します。
さらに7月には、企業の顧客対応や社内業務をAIエージェントに任せる「OpenAI Presence」も発表しています。Presenceでは、AIが企業システムを利用し、決められた範囲で操作を行い、必要なら人間へ引き継ぐところまで想定されています。
つまり、問題は「AIが賢くなる」だけではありません。
人間がソフトウェアを使う、というこれまでの前提そのものが変わり始めています。
これまで、ソフトウェアの中心には人間がいた
企業向けソフトウェアを考えてみましょう。
営業担当者はCRMを開き、顧客情報を調べます。
経理担当者は会計ソフトを開き、請求書を処理します。
カスタマーサポート担当者は顧客管理システムを開き、問い合わせ履歴を確認します。
これまでの構造は、簡単に言えばこうでした。
人間 → ソフトウェア → データ
そのためSaaS企業は、「利用する人」を増やすことで売上を伸ばすことができました。
社員100人が使えば100人分、1,000人が使えば1,000人分の契約になる、という世界です。
ところがAIエージェントが仕事を代行すると、この構造が変わります。
人間 → AIエージェント → 複数のソフトウェア → データ
人間がCRM、会計ソフト、顧客管理ソフトをそれぞれ開かなくても、
「この顧客から問い合わせが来ている。契約状況を確認して、必要なら返金して、結果をメールで知らせて」
とAIに頼むだけで済むようになる可能性があります。
ここで重要なのは、既存のソフトウェアが消えるとは限らないことです。
消える可能性があるのは、人間とソフトウェアの間にあった「操作するための画面」の価値です。
SaaSがなくなるのではなく、価値の場所が移る
この違いは大きいです。
AIエージェントがSalesforceのデータを使って営業活動を行うとしても、顧客情報を保存する場所は必要です。
会計AIが請求処理を自動化しても、正式な会計記録を保存するシステムは必要です。
社員管理をAIが行っても、給与や人事情報を保持するデータベースはなくなりません。
つまり、AI時代に弱くなる可能性があるのは、
「人間が画面を操作すること」そのものに価値の多くを依存しているソフトウェア
です。
反対に、
企業の重要データを持っている
業務の正式な記録になっている
他システムと深く接続されている
アクセス権限や監査を管理している
といったソフトウェアは、AIエージェントから利用される側として残る可能性があります。
ソフトウェア業界でよく使われる「System of Record」、つまり企業にとっての正式な記録システムは、むしろ重要性を増すかもしれません。
AIが賢くなればなるほど、「どの数字が正しいのか」「誰にどこまで操作を許可するのか」が重要になるからです。
本当に危ないのは「AIで簡単に再現できる機能」
では、どのようなSaaSが厳しくなるのでしょうか。
ひとつの見方は、製品を「機能」と「データ」に分けることです。
例えば、
文章を要約する
営業メールを書く
簡単なレポートを作る
データを分類する
定型的な問い合わせに答える
といった機能は、AIモデルそのものが急速に取り込んでいます。
こうした機能だけを提供するソフトウェアは、AIプラットフォームとの違いを作ることが難しくなります。
一方、
10年間蓄積された顧客データ
企業独自の業務ルール
複雑な権限設定
他システムとの接続
法令上必要な記録
などは、モデルを高性能にしただけでは簡単には置き換えられません。
つまりAIエージェント時代の競争では、
「どれだけ多くの機能を持っているか」より、「AIが仕事をするときに、そのソフトウェアを通らなければならない理由があるか」
の方が重要になります。
2月に起きた「AIによるソフトウェア株急落」は何だったのか
市場はすでに一度、この問題に強く反応しています。
2026年2月、Anthropicが法律、営業、データ分析などの業務にAIを広げたことで、「従来のソフトウェアがAIに置き換えられるのではないか」という懸念が急速に拡大しました。
Reutersによれば、世界のソフトウェア・サービス株から一時、約1兆ドルの時価総額が失われました。S&P 500のソフトウェア・サービス指数も6営業日続落し、その期間だけで13%下落しました。
この動きは、AIによってソフトウェア企業の業務がすぐに消滅したことを意味していません。
投資家が先に反応したのは、AIが一部の業務を代替できるようになれば、これまでソフトウェア企業が提供してきた機能の価値や、利用者1人あたりの料金体系が崩れるかもしれない、という懸念でした。
つまり市場は、
「AIが仕事をできる」ことを、「その仕事を支えてきたソフトウェア企業の売上が将来減るかもしれない」ことへ一気に結びつけた
のです。
しかし、AIがある仕事をできるようになったことと、その仕事を提供していた企業が不要になることは同じではありません。
2月にはサイバーセキュリティ企業もAIへの恐怖から売られましたが、AIツールだけではリアルタイムの侵入検知や防御など、既存製品が担う業務すべてを代替できないとの指摘もありました。
市場は「AIができるようになったこと」に反応しやすい。
しかし長期的な企業価値を決めるのは、
AIができることではなく、AIによってその企業の立場がどう変わるか
です。
OpenAIが狙っているのは、もう「モデル」だけではない
Agents APIとPresenceを並べてみると、OpenAIの方向性も見えてきます。
モデルを提供するだけなら、OpenAIはソフトウェア企業にとって「部品メーカー」です。
しかし、AIエージェントの実行環境、ツール、権限管理、業務システムへの接続、人間への引き継ぎまでOpenAIが担うようになると、立場が変わります。
OpenAI自身が、
企業と既存ソフトウェアの間に立つ、新しいインターフェース
になり得るからです。
ユーザーが毎朝SalesforceやServiceNowなどを開く代わりに、まずAIエージェントへ仕事を依頼するようになったらどうなるでしょう。
そのとき顧客との最も重要な接点を持っているのは、既存SaaSではなくAI側になる可能性があります。
これはスマートフォンで起きた変化と似ています。
重要なのは個々の機能ではなく、ユーザーが最初にどこへ行くかです。
9月29日に見るべきもの
だからDevDayで本当に確認したいのは、新しいAIモデルの性能だけではありません。
見るべきなのは次の変化です。
AIエージェントが、どれだけ多くの外部システムを横断できるのか。
企業が安全に権限を与えられる仕組みがどこまで整ったのか。
エージェントを作成・運用するハードルがどこまで下がったのか。
そして最も重要なのが、
OpenAIが単なる「AIの供給者」であり続けるのか、それとも企業の仕事を受け付ける「入口」になろうとしているのか。
です。
もし後者なら、SaaS企業にとって本当の競争相手は「さらに優れたCRM」ではなくなります。
顧客との接点そのものを握るAIになるからです。
ただし、それでもSaaSが消滅するとは限りません。
むしろAI時代には、
画面は弱くなり、データと業務基盤は強くなる。
9月29日の発表で注目すべきなのは、OpenAIがどんな機能を追加するか以上に、ソフトウェア産業のどの層へ進もうとしているのかなのです。
出典:OpenAI DevDay 2026、OpenAI, Introducing the Agents API(2026年9月10日)、OpenAI, Introducing OpenAI Presence(2026年7月22日)、Reuters(2026年2月4日)、Reuters(2026年2月23日)。本記事は公開情報を基にした産業構造の分析であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。