米国の長期金利が再び大きく上昇しています。

9月11日のアジア時間には、米10年国債利回りが5%近くまで上昇しました。ところが米財務省は、その直前に長期国債の買い戻しを拡大しています。普通に考えれば、政府が国債を買えば国債価格は上がり、金利は下がりそうです。

それなのに、実際には金利が上がりました。

この動きは、今の米国債市場で何が問題になっているのかをよく表していると思います。(Reuters)

そもそも「国債の買い戻し」とは何か

米財務省は8月19日、長期国債の買い戻し規模を従来の1回最大20億ドルから、少なくとも40億ドルへ拡大すると発表しました。その後、9月10日の買い戻しは最大60億ドルに設定されました。(財務省)

ここでいう買い戻しとは、財務省が過去に発行して市場に出回っている国債を、自分で買い取ることです。

たとえば市場に100ドル分の国債が売りに出されているところへ、財務省自身が買い手として入れば、国債を買いたい人が増えます。

一般に、

国債への需要が増える
→ 国債価格が上がりやすくなる
→ 国債利回りは下がりやすくなる

という関係があります。

ここで「国債価格が上がると、なぜ利回りが下がるのか」が少し分かりにくいところです。

たとえば、毎年4ドルの利息を受け取れる国債が100ドルで売られていれば、おおまかな利回りは4%です。

ところが、その国債が人気になって110ドルまで値上がりしても、受け取る利息が4ドルのままだとすると、新しく110ドルで買う人から見た利回りは低くなります。

つまり、国債価格と国債利回りは基本的に反対方向へ動きます。



では、なぜ60億ドル買っても金利が下がらなかったのか

一番大きな理由は、

財務省の60億ドルの買いが、国債市場全体を動かしている売り圧力に比べて小さかった

からだと考えられます。

Reutersによると、米国債市場全体の規模は約32兆ドルです。

60億ドルは非常に大きな金額に見えますが、32兆ドルの市場全体から見ると約0.02%程度です。

もちろん、実際には買い戻し対象となる年限が限られるので単純比較だけでは判断できません。それでも、市場全体の流れを逆転させるほど巨大な買いではないことは分かります。(Reuters)

しかも米財務省は、7~9月だけで民間市場から7390億ドルを新たに借りる予定です。(財務省)

ここが重要です。

一方では60億ドル分の国債を買い戻している。

しかし別のところでは、財政を賄うために何千億ドルもの新しい国債を発行する必要があります。

つまり市場から見れば、

「少し国債を買い戻してくれる」ことより、「これから大量の国債が市場に出てくる」ことの方が大きな問題

になり得ます。



国債が大量に発行されると、なぜ金利が上がるのか

これも需要と供給で考えると分かりやすくなります。

米政府がたくさん国債を発行すると、市場で売られる国債が増えます。

しかし、それを買う投資家が同じペースで増えるとは限りません。

すると政府は投資家に、

「もっと高い利回りを出すので買ってください」

という条件を提示する必要が出てきます。

その結果、

国債発行が増える
→ 投資家に買ってもらうため、より高い利回りが必要になる
→ 長期金利が上がりやすくなる

という力が働きます。

今の米国債市場では、この国債供給の問題に加えて、インフレ懸念も重なっています。

原油価格の上昇によって物価が再び上がる可能性が意識されているためです。Reutersによれば、10年国債利回りは9月11日に4.957%まで上昇しました。(Reuters)



「FRBが利上げするから金利が上がる」だけではない

ここも注意が必要です。

米国の金利というと、すぐにFRBの政策金利を考えがちですが、10年国債や30年国債の金利はFRBだけで決まりません。

短い期間の金利は、FRBが今後政策金利をどうするかという予想の影響を強く受けます。

一方、10年や30年のような長期金利では、

今後の政策金利
+ 将来のインフレ
+ 国債が大量に発行されるリスク
+ 長期間お金を固定することへの追加の見返り

などを投資家が考えます。

最後の「長期間お金を固定することへの追加の見返り」は、専門用語ではタームプレミアムと呼ばれます。

簡単に言えば、

「10年、30年と長い期間お金を貸すなら、途中でインフレが起きたり金利が上昇したりする危険があるので、その分、少し高い利回りが欲しい」

ということです。

したがって、

FRBが将来利下げしても、財政赤字や国債発行への不安が大きければ、長期金利だけ高いまま

ということもあり得ます。

今の市場を見るうえで、これはかなり重要な点だと思います。



なぜ株式にも関係するのか

長期金利が5%近くまで上昇すると、株式投資にも影響します。

理由は大きく二つあります。

一つ目は、国債そのものが魅力的になることです。

たとえば、安全性の高い米国債で約5%の利回りを得られるなら、

「株でリスクを取るなら、それよりかなり高い収益が欲しい」

と投資家は考えます。

すると、高いPERで株を買うことに慎重になります。

PERとは、企業の利益に対して株価が何倍まで買われているかを示す数字です。

金利が低ければ将来の成長を期待して高いPERを許容しやすいですが、安全な国債から高い利回りが得られるようになると、高いPERを払う魅力が低下します。

二つ目は、企業や家計の借入金利も上がることです。

住宅ローン、企業の社債、設備投資の借入など、多くの金利は米国債金利の影響を受けます。

そのため、

長期金利上昇
→ 借入コスト上昇
→ 住宅購入や設備投資などが減りやすくなる
→ 景気や企業利益を押し下げる可能性

という経路もあります。

実際、9月10日のS&P500は0.58%下落し、Nasdaqも0.65%下落しました。Reutersは、上昇する国債利回りが株式の評価を圧迫したことを背景の一つとして挙げています。(Reuters)



今後、何を見ればいいのか

今回の60億ドルの買い戻しで長期金利が下がらなかったからといって、

「財務省の買い戻しには意味がない」

とまでは言えません。

財務省自身も、この買い戻しの目的を主に市場の流動性を改善するためと説明しています。流動性とは、「売りたいとき、買いたいときに、大きく価格を動かさず取引できる状態」のことです。(財務省)

つまり、もともとFRBの量的緩和のように、

「大量に国債を買って金利を大きく下げる」

ことだけが目的ではありません。

それでも、市場が60億ドルの買い戻しよりも、

* インフレ
* 巨額の財政赤字
* 今後の国債発行
* FRBの利上げ可能性

を強く意識していることは重要です。

特に今夜のCPIでインフレ懸念がさらに強まれば、

FRBが金利を高くするという予想



長期国債を持つなら、もっと高い利回りが欲しいという投資家の要求

の両方が強くなる可能性があります。

反対に、CPIの中身が比較的落ち着いていれば、少なくともFRBの利上げ懸念については弱まる余地があります。

ただし、その場合でも財政赤字や国債供給の問題は残ります。

ここが今の長期金利を見るうえで重要です。

「インフレが落ち着けば、長期金利も必ず元に戻る」とは限らない。

今の米国債市場では、FRBだけでなく、米政府がこれからどれだけ借金を増やし、その国債を誰がどの金利なら買ってくれるのかという問題が、以前より重要になっているように見えます。