9月17日の米国株は大きく反発しました。S&P500は1.14%高、Nasdaqは1.69%高。その一方で、米10年国債利回りは前日の5%台から4.94%前後まで低下しました。原油価格も下がり、市場はひとまず「原油高+金利上昇」という二重の圧力から少し解放されました。 (Reuters)
さらに9月18日のアジア時間には原油が3日続落し、Brentは1バレル104ドル、WTIは101.20ドル付近まで下がっています。サウジアラビアからの供給懸念がやや後退したためです。 (Reuters)
ここだけ見ると、「原油も下がったし、10年金利も5%を割った。もう金利上昇は一服した」と考えたくなります。
ただ、今回の米10年金利を分解してみると、少し違う景色が見えます。
最近の10年金利上昇は、単純に「市場のインフレ予想が上がったから」ではありません。むしろ、インフレの影響を除いた実質金利が大きく上昇しています。
この記事のポイント
- 米10年国債利回りは9月10日の4.95%から16日の5.01%へ上昇した。
- 同じ期間に10年実質金利は2.55%から2.68%へ13bp上昇した。
- 名目金利と実質金利の差でみる10年のインフレ補償は、概算で2.40%から2.33%へ低下した。
- つまり最近の金利上昇は、少なくとも「インフレ期待の上昇だけ」で説明できない。
- 株式、とくに将来利益への期待が大きい成長株にとっては、高い実質金利そのものが評価倍率の逆風になる。
10年金利5%を「名目」と「実質」に分ける
FRBのH.15統計を見ると、米10年国債の名目利回りは9月10日の4.95%から、9月16日の5.01%へ6bp上昇しました。bp(ベーシスポイント)は金利の細かい変化を表す単位で、100bpが1%です。つまり6bpは0.06%ポイントです。 (Federal Reserve H.15)
同じ期間に、10年物のインフレ連動国債から計算される実質金利は2.55%から2.68%へ上昇しました。こちらは13bp、つまり0.13%ポイントの上昇です。
実質金利とは、ざっくり言えば「インフレ分を差し引いた後に投資家が求める金利」です。名目10年金利が5%でも、その5%全部が「将来インフレが高くなる」という予想を表しているわけではありません。
名目金利から実質金利を引くと、市場が債券価格に織り込んでいるインフレ補償を概算できます。これは将来の平均インフレ予想そのものではなく、インフレリスクへの上乗せなども含むため、厳密にはインフレ期待の代理指標として扱う必要があります。
今回この差を計算すると、9月10日は約2.40%、16日は約2.33%です。
つまり、名目10年金利が6bp上がった期間に、実質金利は13bp上がり、インフレ補償は約7bp下がりました。
「10年金利が5%になった=市場がインフレ再燃だけを恐れている」ではないということです。
では、実質金利はなぜ上がったのか
ここは一つの理由に決めつけない方がいいと思います。
まず、9月16日のFRBの政策会合(FOMC)で、FRBは政策金利を0.25%引き上げ、目標レンジを3.75〜4.00%にしました。さらに最新の経済見通しでは、2026年末と2027年末の政策金利中央値をともに4.1%としました。6月時点ではそれぞれ3.8%、3.6%だったので、FRB自身が以前より高い金利経路を想定しています。 (Federal Reserve FOMC statement) (Federal Reserve SEP)
しかもFRBは、2026年の実質GDP成長率見通しを2.3%、2027年を2.4%とし、失業率中央値を両年とも4.1%としています。これは少なくとも現時点で、FRBが「高金利を続ければすぐ景気が崩れる」と想定しているわけではないことを示します。
景気が耐えられると市場が考えるほど、FRBが高い政策金利を長く維持できるという予想が残りやすくなります。2年国債利回りが9月10日の4.56%から16日の4.74%へ18bp上昇したことも、近い将来の政策金利経路が上方修正されたことと整合的です。 (Federal Reserve H.15)
ただし、10年実質金利の上昇をすべて「FRBの追加利上げ予想」とみなすことはできません。10年金利には、将来の短期金利予想だけでなく、長い期間お金を貸すために投資家が求める上乗せ利回り、いわゆるタームプレミアムも含まれます。国債発行量や財政への懸念、価格変動の大きさなどでタームプレミアムが上がることもあります。
実際、今回の世界的な債券売りでは、強い景気だけでなく政府債務や国債供給への懸念も材料になっています。したがって現時点の安全な結論は、「インフレ期待上昇が主因ではなく、実質側の要求利回りが上がった。ただし、その内訳が政策金利予想なのかタームプレミアムなのかは一つの系列だけでは決められない」というところです。 (Reuters)
実質金利2.68%は、なぜ株に重いのか
ここが投資では一番重要です。
株価は、将来企業が生み出す利益やキャッシュフローを現在の価値に割り引いて考えることができます。そのとき、比較対象になる安全資産の実質利回りが高くなると、投資家は株式にもより高い収益率を求めます。
たとえば、同じ企業が将来100の利益を生むとしても、低い金利で割り引く場合より、高い金利で割り引く場合の方が現在価値は小さくなります。そのため、企業利益の予想が変わらなくても、投資家が許容するPER(株価が利益の何倍まで買われているかを示す代表的な評価倍率)などは低下しやすくなります。
特にAIやハイテクのように、現在よりも将来の大きな利益成長を期待して高く評価されている株は、この影響を受けやすい傾向があります。将来の利益ほど、割引率が上がったときの現在価値の減少が大きいからです。
9月17日に10年金利が5.01%から4.94%近辺へ下がると、Nasdaqが1.69%上昇して主要指数の中で最も強く反発したことは、この金利感応度と整合的です。ただし1日の値動きだけで因果関係を断定はできません。 (Reuters)
原油が下がれば、この問題は解決するのか
原油安は明らかに良い材料です。エネルギー価格の上昇が止まれば、ガソリンや輸送費を通じた追加インフレ圧力は弱まりやすくなります。9月18日時点で原油は3日続落しており、直前の供給不安はいったん後退しています。 (Reuters)
ただし、原油が下がることと実質金利が下がることは同じではありません。
原油安で市場のインフレ補償が下がっても、雇用や消費、企業投資が強ければ、FRBは高い政策金利を維持できます。その場合、名目10年金利が少し低下しても、実質金利は高止まりする可能性があります。
9月12日までの1週間の新規失業保険申請件数は19.6万件で、4週平均も20.325万件へ低下しました。少なくとも雇用市場が急速に崩れている証拠ではありません。 (U.S. Department of Labor)
このため現在は、「原油安 → インフレ懸念低下 → すぐ大幅な金利低下」という単純な経路より、「原油安でインフレ補償は落ち着く一方、景気の強さが実質金利を高く保つ」経路も考える必要があります。
反対材料は住宅に出ている
もちろん、高い実質金利がいつまでも景気に効かないわけではありません。
8月の住宅建設許可は年率139.4万戸で前月比2.7%減、戸建て住宅の許可も87.8万戸で1.8%減りました。住宅ローン金利も7%近辺まで上昇しており、金利に敏感な住宅分野ではすでに負担が見えています。 (U.S. Census Bureau)
ここは今回のメインシナリオに対する重要な反対証拠です。
住宅、設備投資、信用、雇用へ高金利の影響が広がれば、景気の強さを前提にした「高い実質金利を長く維持できる」という見方は崩れます。そうなれば市場はFRBの追加利上げや高金利維持を織り込み直し、実質金利も低下しやすくなります。
今のシナリオを3つに分ける
ここからは公表データそのものではなく、現在の材料を整理するためのシナリオです。確率は精密な予測ではなく、今後どのデータで見方を変えるかを明確にするための目安です。
- 50%:高い実質金利がしばらく続く
景気と雇用は大きく崩れず、原油は徐々に落ち着く。インフレ補償は下がっても、FRBの高金利維持と実質成長の強さから実質金利は高止まりする。この場合、企業利益は支えられても株のPER拡大は起きにくい。 - 30%:実質金利がさらに上がる
雇用・消費・投資が予想以上に強く、追加利上げ観測やタームプレミアムが上がる。企業利益が堅調でも、特に高PERの成長株には評価倍率低下の圧力が強くなる。 - 20%:高金利が景気を急速に冷やす
住宅だけでなく雇用や消費、信用まで悪化し、市場が追加利上げを外していく。債券金利には低下要因ですが、株式では企業利益の下方修正が同時に起きるため、「金利低下=株高」とは限らない。
次に見るべきデータ
今回の見方を変え得る材料ははっきりしています。
- 10年実質金利:名目10年金利だけでなく、2.68%から下がるのか、さらに上がるのか。
- 2年国債利回りと市場の利上げ織り込み:9月17日時点で市場は10月の追加利上げを約53%まで織り込んでいました。これが強いデータで上がるか、弱いデータで下がるか。 (Reuters)
- 原油:100ドル台からさらに下がるのか、それとも供給不安で再び上昇するのか。
- 雇用・住宅:失業保険申請の低位安定が続く一方、住宅の弱さが他分野へ広がるか。
- 9月30日の8月PCE:PCEは個人消費支出の価格変化を示す指標で、FRBが物価判断で重視しています。エネルギー以外の基調インフレまで強まっているか。 (U.S. Bureau of Economic Analysis)
結論
米10年国債利回りが5%に達したと聞くと、すぐに「インフレがまた上がるから金利も上がった」と考えたくなります。
しかし9月10日から16日のデータでは、10年の名目金利が4.95%から5.01%へ上がる間に、実質金利は2.55%から2.68%へ上昇し、逆にインフレ補償は約2.40%から2.33%へ低下しました。
今の株式市場で重いのは、インフレ懸念だけではありません。インフレを除いても安全資産から高い利回りが得られる、という環境そのものです。
原油が下がれば株には追い風です。実際、9月17日は金利低下とともにハイテク株が強く反発しました。
ただ、次に見るべきなのは「10年金利が5%を割ったかどうか」だけではありません。
その金利の中で、実質金利が下がっているのか。インフレ補償が下がっているだけなのか。
この違いによって、同じ「金利低下」でも株式にとっての意味はかなり変わります。今後しばらくは、10年金利の表面の数字より、その中身を追う局面だと思います。